奈落の底に突き落とされたような気分のKさんと私を乗せてタクシーは志摩町健康管理センターへついた。
玄関先に漁師の格好をしたエキストラさん達が20人くらいいてどうやら今日も撮影があるようで少しほっとする。しかし、見物人らしき人はまったくなく明らかに場違いな二人。私一人ではとても居たたまれなかったと思う。
撮影はあるようだが肝心の渡部さんがいらっしゃるのか確認しなくてはと、厨房からガスコンロを軽トラックに運んでいるおじさんに聞いてみる。撮影場所なんかは良く分からないと言葉を濁されたが二人で食い下がるうちに、渡部さんはもうここに来られているらしいことを教えて下さった!
ここで待ってたら渡部さんに会えるんだと地獄から天国に昇ったような気持ちになる。
気がつくと前原駅ショックでお昼御飯を調達するのを忘れていた。 コンビニもなさそうだしどうしよと思っていると厨房から出られたおばちゃんが
「あんたたち朝の残りのお弁当で良かったら上げるよ」といって下さる。まるで私たちの気持ちを読んでおられるかのようなご親切な申し出に喜んでいただくことにする。
厨房の窓まで行ってお弁当を包んでもらっている間、Kさんが色々聞いて下さる。今日のロケは芥屋の大門と野北であるそうだ
「これは渡部さんも食べられたんですか?」と、Kさん。
「それはちがうけど、渡部さん見に来たの?支度に時間かかるからだいぶ前に入られてるよ。さっきまで広間のあたりをウロウロ歩きまわっておられたけど今は入口をピシャッと閉め切って私たちがコーヒー差し入れに行くのもはばかられる雰囲気よ」
聞けば渡部さん役づくりの為かものすごくナーバスになってるご様子。昨日は見物客が多かったせいかカメラもビデオも止めて欲しいと注意されたそうだ。
「言っちゃ悪いけどイメージダウン、ツーンとした感じで。藤竜也さんは親切だったよ〜、とってもいい人だ」
ファンである私たちには渡部さんの演技に対する真剣さが分るのでお気持ちも理解できる気がするが、ファンでない人にとってはただのお高くとまったタレントさんにに見えてしまうのかも。
それでも「こっちの玄関じゃなくて向うの出入り口から出て来られるからその辺で待っとくといいよ」と教えて下さったのでお礼を言って待たせてもらうことにする。あたりを見回すと「キャストB」と張り紙したワゴン車がある。多分これに渡部さんが乗られるんだと期待が膨らむ。
その出入り口のあたりにいかにもギョーカイ人といった風情の黒服の男性や、都会的なパンツスーツの女性が立っておられるので渡部さんの事務所の人たちかな、などとKさんと話し合ったり、記念写真など撮っているとまた奥の方から別のおばちゃんが出てきて話し掛けてきてくれる。40年前に行われた映画のロケの思い出話をされている。Kさんはにこやかに聞いているが、私はよそ見をしていて出待ちに失敗したNHKでの轍を踏みたくなかったので気もそぞろ。上の空で相槌をうちながら出口を監視する。
ふと、みるとミスタードーナッツの袋を提げた中年女性とさっきの黒服の男性に囲まれた渡部さんが!!!
黒ずくめの衣装に赤いマフラー、高々と結い上げた髷、あれがニュー時輔なのねと声も出せず感動してる間に先程のワゴン車に乗り込んでしまわれた。フロントグラス越しに運転席の後ろの席に座られた渡部さんが見える。恐い顔をしてこちらを見ておられるような・・・。私たちが目障りなのかも。
興奮している私たちにさっきのおばちゃんがあっちが車の通り道になるからと教えてくれたので渡部さん側の道に移動する。私たちの前を通りすぎようかという寸前渡部さんが窓のカーテンを閉めてしまわれた!私たちの視界からでるとすぐ開けられたので、明らかに私たちを避けたということになる・・・。
やっぱり目障りだったんだ〜と、ちょっとショック。Kさんが「私たちを認識してくれたということだからちょっとうれしくありません?」となぐさめてくれる。
気を取り直してタクシーで追いかけることにしてKさんに携帯で呼んでもらう。